BSJ書店員インタビュー
私のまちの素敵な本屋さん

「深く息ができる空間が本屋だった」 ブックスキューブリック箱崎店長 梅本航さん

書店員になるきっかけは人それぞれ。書店で働くことで、読書の楽しさを共有できることや、その地域の人たちに触れることができるなど、醍醐味がたくさんあります。このインタビューでは、そんな書店員の魅力に迫ります。(これまでのインタビューはこちら

聞き手:BSJ代表理事 安藤哲也(2023年3月末取材)

ブックスキューブリック箱崎店

役所生活に疑問を感じて

―今の仕事につくまでの経緯を教えていただけますか。

大学卒業後は長崎県内の市役所で8年間働きました。市役所では健診事業や介護事業所の指導監査、まちなかの賑わいづくりなど3つの課で仕事をしました。30歳を機に転職を決め、暮らしてみたかった京都へ行きました。民間の会社で2年半勤務し、その後、ブックスキューブリックで働いて、今5カ月目という感じです。

市役所職員時代の梅本さん

―そもそも本が好きだったんですか?

小学生の時は江戸川乱歩の少年探偵シリーズが好きで読破しました。その後しばらく本は読まず、大学時代に太宰治や梶井基次郎などをきっかけに本が大好きになり、その後はずっと何かしら読んでいます。

―8年間役所で勤めて、なぜ本屋に?

役所の仕事は広範囲に及ぶため職員も多く、縦割りで、自分が歯車のように感じました。政府やトップの考えで施策の方針が決まったり、法律や建前による制約も大きい。「町の人の気持ちは?」と考える余裕もない雰囲気で、退職まで残り30年間続けていくのが難しいなと感じました。

―京都はどうでしたか?

2年半京都で生活してみて、文化的な場所の多さに驚きました。特に魅力的な本屋さんが沢山あり、慣れない土地で深く息をできる場所が本屋でした。

―京都ではどんな仕事を?

本屋とは全く関係がない民間会社で事務職として働きました。本屋さんには休日に行っていました。

半ば押しかけで、福岡のブックスキューブリックへ

―その後、福岡へ?

地元長崎を初めて離れたことで、九州の人や雰囲気の温かさを感じ、九州が恋しくなりました。京都で子どもが生まれたのですが、妻は山口出身で、長崎と山口のちょうど間にある福岡は育児の面でも良いなと思いました。

―キューブリックで働きたいと思った理由は?

九州の本屋で真っ先に浮かんだのがブックスキューブリックでした。九州の中でも早い時期に独立系書店としてオープンし、唸るようなイベントを数多く行うラディカルな本屋という印象がありました。代表・大井実さんの著作『ローカルブックストアである福岡ブックスキューブリック』を読み、小さな総合書店としての選書に対する考えや、本を通して町と人とを繋ぐような面的視点を持っていらっしゃることを知り、「ここで働きたい!」と思いました。

―それで応募をしたのですね?

ホームページでスタッフ募集をしているのを見つけて応募しました。その後連絡が来て「とりあえず会ってみましょうか?」と言うことになりました。大井さんは会ってみても良いかくらいで前向きでなかったかもしれませんが(笑)、「すぐ行きます!」と連絡して福岡に会いに行きました。

―大井さんはどんな印象でしたか?

1から10まで話す感じではなく、職人気質って雰囲気でした。

―バイト経験もなく、書店に入ったんですね。

そうです。実際働いてみると、思ったより裏側でいろいろな業務があることを知りました。

―返品をバーコードで読み取ったりね。

そうですね。在庫管理システムも含め、まだまだアナログな部分もあるのが大変です。

―実際に本屋で働いてみて、どのように感じましたか?

本屋という場所を必要としてくれている方がこんなにいるのだと感じると同時に、本を読む習慣がない方に本を買っていただくことの難しさも感じました。「本の魅力をいかに伝えるか」は本屋の仕事の核であり、永遠の課題でもあると思います。

―お客さんに話しかけたりしますか?大きな本屋だと、仕事をさばく感じになっちゃうけど、キューブリックくらいの規模感だと話しかけやすいのでは?

だれかれ構わず積極的に話しかける感じではありませんが、よく来ていただけるお客さんには少しずつ話しかけるようにしています。

―組織としては店長が居なくても回る方がいいかもね。

そうですね。スタッフ1人1人が当事者として店に関わって欲しいと思っています。そうした当事者性がないと、なかなか続かない仕事です。

渡された名刺に「店長」と書いてあった

―キューブリック代表の大井さんが、店長が板についてきたと言ってました。仕事するようになって、2~3カ月で店長指名されたんですよね。

面と向かって言われた記憶はあまり無くて(笑)。「はい」って名刺渡されて、そうしたら「店長」って肩書が入ってました(笑)。

―普通、事前に「店長になるのはどうか?」って聞きますよね。

はい。不意に右ストレートが入ってきた!って感じでしたね。ちゃんとしなきゃって思いました。

―奥さんは?

笑ってました。

―30歳で結婚して、役所辞めるってことになって、奥さんはどうでしたか?

妻は後押ししてくれたんです。「好きなことすれば!」って。公務員を辞めるのはそれなりの決断でしたし、自分の人生の分岐点にいてくれた人だから結婚しようと思いました。京都に一緒に移り住んで、3~4カ月で妊娠がわかりました。

夫婦で仕事と育児を両立していきたい

―パパになる気持ちはどうでしたか?

ただただ嬉しかった気持ちと、実感があるような無いような不思議な気持ちがありました。

―読む本に変化がありましたか?

子どもが登場する本は少しずつ読むようになりました。齋藤陽道さんの『異なり記念日』、川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』、島田潤一郎さんの『父と子の絆』など印象深かったです。

―読んでみてどうでしたか?

みんな試行錯誤を重ねながら、少しずつ親になっていくのだなと感じました。父親って楽しい!とも思いました。子どもへの関わり方は自分次第だなと。

―ボクは26年前、長女が生まれる前に『男だって子育て』という中央大学教授の広岡守穂先生の本を読んで、援護射撃をもらった気分でした。

自分は「男は仕事、女は家事・育児」みたいな意識は無いと思っていましたが、いざ育児が始まると仕事に引っ張られて、育児がおろそかになってしまっています。無意識に「男は仕事、女は家事・育児」と刷り込まれているのかもしれないと思うと、ゾッとしますね。正直、妻にはかなり負担をかけてしまっています。夜は早く帰れるように朝早くから仕事をするなど、工夫をして育児の時間を確保しなくてはと思っています。

―キューブリック2階のカフェで奥さんが働いていると聞きました。

そうなんです(笑)。4月から子どもが保育園に入るにあたって、就職させてもらいました。

―保育園ですか。送迎は両方経験するといいと思う。

夫婦2人とも仕事があるので、協力していきたいと思っています。

―奥さんが何かやりたいことが見つかったらどうする?

妻が自分の背中を押してくれたから、自分も妻のやりたいことを応援したいと思っています。

―今後やりたいことは?

今はネットが普及して、私が学生時代の時とは多少状況は異なると思いますが、地方で文化的なものに触れられる場を作りたいという思いがあります。私も京都で暮らしてみて、「もっと早く、こんな文化的なものに触れられたら!」と強く思いました。地方で生きる方々に向けて、そうした場を作っていけたらと思います。

左からブックスキューブリック大井さん・梅本さん、BSJ代表理事 安藤

(筆:FJ理事 高祖常子)

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